名古屋高等裁判所金沢支部 平成7年(う)18号 判決
論旨は,米穀の卸業及び小売業について許可制を採用した食糧管理法8条の3第1項は以下のとおり憲法に違反して無効であるにもかかわらず,憲法の解釈,適用を誤り,本件につき右食糧管理法の規定を適用して被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあるというのである。
1 憲法22条1項(職業選択の自由)違反の主張
(1) 被告人の本件所為は,社会政策上,経済政策上の積極的な目的を達するために,食糧管理法による規制を全く必要としない平成の時代になってからのものであり,右食糧管理法の規制内容は,現状とあわず,経済的な合理性はなく,自由競争市場を否定し,高い政府買い入れ価格や各種補助金を残し,農業からの離脱の自由を奪い,農地法の規制を大幅には緩和せず,米の売買の自由を奪い,農家の生産性向上の意欲を削ぐものであり,また自由米の生産・販売を全て禁止しており,憲法に違反する。新食糧法では計画外流通米として自由米が公認されている。
(2) 食糧管理法8条の3第1項に基づく規制は以下の点においてその内容が厳しすぎて憲法に違反する。すなわち,①小売業の許可要件に,卸業への買い受け登録,経験・数量要件が必要とされている。②消費者人口1500人に一店とする定数が存在し,許可が店舗所在地ごとに行われ,許可を受けた都道府県内では,店舗の新設・増設・移転が自由にできない。③小売業者は,結び付き卸業者以外の卸業者から購入できず,一次,二次集荷業者からの仕入もできず,小売業者間の取引もできない。④配達販売の区域制限が存在し,宅急便等を使っての無店舗通信販売ができない。なお,右各規制は,新法下においては合法化,自由化されている。
2 前記1の(2)の各規制は,食糧管理法に定められておらず,法規制の方法を政令・省令に委任しているが,法律による委任は一般的,包括的なものであってはならず,委任の内容が個別的,具体的に特定され明確である必要があるという委任立法の限界を越えていて憲法41条に違反する。
所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するに,まず,憲法22条1項(職業選択の自由)違反の主張については,原判決説示のとおり本件許可制は憲法22条1項に違反しないものである。すなわち,許可制は狭義における職業選択の自由そのものに制約を課する強力な規制であるから,その合憲性を肯定するためには,重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを必要とするが,それが社会経済上の重要な目的のための法的規制である場合には,規制の必要性と合理性については,広く社会経済政策全体との調和を考慮するなど,相互に関連する諸条件についての適正な評価と判断が必要で,このような評価と判断は,立法府の使命であり,裁判所は,立法府の政策的,技術的な判断を尊重し,立法府の判断がその裁量権を逸脱し,当該規制が著しく不合理である場合に限って,これを違憲として,その効力を否定することができると解すべきである。
そして,本件許可制は,米穀を生産から流通に至るまで政府の管理下に置くことにした食糧管理制度の一部を構成するもので,その目的は,米穀がいかなる需給変動に対しても流通段階で滞ることなく円滑に生産者から消費者に届くようにしてこれを確保し安定的に供給することにあるから,社会経済上の積極的な目的のための法的規制であり,その立法目的は公共の福祉に適合する。
次に,本件許可制の内容は,資力信用要件,業務経験,年間販売数量,適正・円滑供給への支障のないこと等であり,経済的,社会的実態の変化に対応してその運用については昭和63年の政府の「米流通改善大綱」により,卸及び小売の許可要件の緩和,小売の店舗展開の促進等一定の自由化への方策も行われていて,前記許可制の立法目的に照らしそれなりに合理的なものであると認められる。すなわち,投機の対象になりやすい性質を有する米穀について,生産から流通,消費までを相互に関連するものとして総合的な立場からその流通過程を制御することが必要であり,右流通過程を担う販売業者において適正,円滑な業務が行われないとすれば,米穀の生産から消費に至る一連の過程に支障が生じ,米穀の安定供給の仕組全体が崩壊することになりかねず,右のような事態の発生を避けるために,前記のとおりの要件を備える者のみに許可を与えることとしたことにそれなりの合理性が認められるものである。
なお,新法〔「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」平成6年法律第113号,平成6年12月14日公布,平成7年11月1日施行予定〕では,流通過程においても,販売業者の要件を緩和し,登録制を採用するとともに,流通ルートについても多様化,弾力化しているが,新法は,米の需給及び価格の安定を図ることを目的(1条)として,的確な需給見通し等を明らかにする基本計画を中心に生産調整の推進,備蓄の運営等を行うことにより需給の調整を図り,これをベースに価格の安定を図るほか,自主流通米を流通の基本と位置付け,その価格形成がより需給実勢を的確に反映し得るよう価格形成の場を制度化するとともに,消費者への安定供給の確保を基本としつつ生産者の意欲ある経営展開や流通の活性化の観点から必要最小限の規制に緩和する等,我が国の米の生産・流通・消費の条件を踏まえたものであって,その理念は,食糧管理法の問題点を踏まえ,政府の役割を一定の範囲に限定し,生産者をはじめとする民間の自主的判断を極力尊重するというものであって,国際関係の影響を強く受けていて,国内事情についても,その現実的な食糧供給を踏まえて制定されたもので,その目的,刑事罰についての経過規定の内容からして食糧管理法下における米穀の卸,小売業の許可制の趣旨を全て否定するものではなく,食糧管理法と連続性を有する法律であると認められる。もとより不正規流通米が流通の主体であるとしてこれを追認する趣旨で制定されたものではなく,食糧管理法の下で正規の集荷業者に売り渡した生産者が損をするという状況を改める趣旨でも立法されたものである。社会状況の変化を考慮しても本件犯行時において前記許可制が合理性を失っているとまではいえず,新法の制定をもって,本件許可制が違憲であるとはいえない。
次に,委任立法の限界を越えているとの憲法41条違反の主張について判断するに,食糧管理法8条の3は,1項において,米穀の卸売業又は小売業を行おうとする者は政令の定める所によって都道府県知事の許可(地方自治法153条2項により都道府県知事からその管理に属する行政庁又は市町村長に許可の権限が委任されている場合もある。)を受けるべきことを定め,2項において,1項の許可につき,卸売業又は小売業の許可を受けようとする者が,卸売又は小売の業務を的確に遂行するに足るものとして政令の定める要件を備える場合に,消費者に対する米穀の適正且つ円滑な供給を確保することを旨としてこれを行うと定め,右規定を受けて食糧管理法施行令5条の9ないし7条は,許可の区分,許可の申請,要件等を定め,更に同令5条の9第2項,5条の10第2項,5条の11第1項,2項,4項,5条の12第1項,4項及び6条は,一定の事項についての定めを省令へ委任していることが認められるが,当該許可制の目的を明らかにした上での右政令ないし省令への委任は,変転する経済状況に対応して,臨機の措置をとり,その実効をはかる必要のある経済法規の性格上,法律で規定するには適当でない細かな事項について,個別的,具体的に限定して行われていて,委任立法の限界を越えておらず,憲法41条に違反しないと認められる。
以上のとおりであって,原判決には所論指摘のような法令適用の誤りはない。
論旨は理由がない。